こんにちは!kei_tamです!
このブログでは主に英語を学習する社会人のみなさんへ向け、英語学習に役立つ情報発信をしています。
いきなりですが、
みなさんは今までの自分の人生に満足できていますか?
「満足できる」と答えられる人、肯定的な人生を送れていて素晴らしいです。
しかし「まあまあ満足」「不満足」「分からない」
どちらかというと、後者の方が多いのではないでしょうか。
この記事はそんな僕の人生のターニングポイントになった旅の話を書きます。
特に海外に興味がある人、同じように現状の自分に満足できていない人にとっては、なにか将来に繋がるヒントがあるのではと思います。
本題に入る前に一つどうしてもお伝えしておきたいこと。
人生は一度きりです。
そして、今にしかできないことがあります。
それでは、5個のエピソードに分けて紹介していきます!
- 「海外に興味や憧れがある」
- 「自分の人生に影響を与えるような経験がしたい」
- 「人に語れるような自分だけの経験が欲しい」
- 「自分の視野を広げたい」
#エピソード1 旅のきっかけ
2017年1月6日
僕はアメリカ行きの飛行機に搭乗し、ロサンゼルスへ向かっていました。
目的は仕事と語学勉強の両方。期間はビザなしで滞在できる3ヶ月間。
旅の理由はひょんな事がきっかけでした。
僕「辞めさせてもらいます」
社長「辞めてどうするんだ」
僕「前から興味のあった海外へ行きたいと思ってます。ワーホリとか。」
社長「じゃあ、こうするのはどうだ。アメリカにある仲のいい取引先があるから、会社に籍を置いたまま向こうのオフィスを借りて仕事をする。ただし時間は短縮していい。働きながら海外に行ける。いい条件じゃないか?」
つまり、引き留めの交換条件として出されたのがアメリカ滞在。
本気で辞めようと思っていたので少し迷いましたが、めったにないチャンスだと思い僕はこれを承諾しました。
ただし海外出張ではなく本人の希望により海外へ行くという名目のため、
航空券の予約や語学学校の手配などは自分で行うことに。
滞在先だけは、お世話になる取引先の方が探してくれる手はずとなりました。
そして、これが後で思わぬピンチを招くことに…!
ともあれ、僕は憧れだった海外への旅を手に入れたのでした。
人生、どういう縁でいつ何が起こるか分かりませんね。
ただ確かなのは、勇気を出して自分の思いを伝えたから海外行きの切符を手にできたということ。
現状の自分に甘んじてダラダラ毎日を続けていたら手に入らなかったな。
#エピソード2 野宿の危機
航空券の手配も完了し、残すは滞在先の確保のみ。
だがしかし! ここで思わぬ事態が待っていました!
滞在先を探してくれているはずの取引先の方(※仮名:ビル)からなかなか連絡がこない。
1件候補を見つけてくれたのですが、月1200ドル(当時のレートで15万円)という家賃の高さに首を縦にふることができず見送り。
ロサンゼルスは家賃相場が高く、家の一部屋を借りるだけでも月10万円が普通です。
なのでルームシェアが盛んです。世界の主要都市の中では東京は10位くらいで、比較的家賃が安い方だそうです。
向こうは小規模の会社で人出も足りていないようだったので、忙しいのだろうと思い強く催促はしませんでしたが、出発日まで1ヶ月を切りさすがに探してくれるだろうと期待していました。
しかし、その後も連絡なし、、
気づくともう出発日の1週間前。
もうこれは諦めるしかないと思い、自力で探すことにしました。
ViViNaviという現地で暮らす日本人向けのコミュニティサイトから、
2件の内見予約を入れ出発(さすがに内見せずに申込は怖かったので)。
ついにビルからの連絡はきませんでした。
来たる2017年1月6日、現地到着。
入国審査には正式に泊まると決まっていない候補物件の住所を申告し突破。
空港でレンタカーを借りると、その足で物件を回り始めました。
外は1月だというのに気温が20℃近くありポカポカ。
空港通りの広い道路の両側には背の高いヤシの木が、
快晴で雲一つない真っ青な空に向かってまっすぐ伸びていました。
それを見たときに「西海岸に来た!」という実感が湧いてきて、
これからの始まる生活への期待が一気に溢れたのを今でも鮮明に覚えています。
さて1件目の内見は、、、失敗でした。
ホストは60代くらいの日本人女性だったのですが、
どこかいかがわしい雰囲気を漂わせ、
家の居間には見たこともないような巨大な仏具が鎮座。
ちょっとここでは暮らすことができないと思ったのと、
「滞在予定は3ヶ月間」と伝えると嫌な顔をされたので、退散しました。
さて残るは1件。すでに日が暮れて、気温も一気に1桁台まで下がっていました。
ロスは砂漠気候帯なので昼夜の寒暖差が激しいのです。
「まずいな…これは野宿かもな…」
さっきまでの期待が嘘のようにしぼみ、焦りに変わっていました。
そして運命の2件目、、当たりでした!
運よく親切なオーナーさんとめぐり合い、
彼女の所有するキレイな部屋を借りることが出来ました。
こうして無事に滞在先を確保。安心して見知らぬ土地での生活を滑り出すことができたのでした。
また後々に、このオーナーさんのおかげで旅はより面白いものへとなっていきました。
人との出会いは本当に大事!
人生を豊かにしてくれるのは、いつも自分以外の誰かです。
その意識を持って毎日を過ごしているときっと人生変わりますね。
#エピソード3 タイヤの破裂
もう一つ、かけがえのない出会いがありました。語学学校の仲間です。
ちょうど冬休みということもあり、日本人の大学生も多く現地に来ていました。
当時の僕はまだ激しい人見知りを抱えていたので、正直仲良くできるか自信はありませんでした。
しかし蓋を開けてみると、そんな自分でもすぐに打ち解けることができました。
「日本人」という最強の共通点が僕らを結びつけてくれたのです。
(もちろん日本人以外の知り合いも出来ました)
そんな日本人どうし5人で郊外のアウトレットモールへ出かけた帰り道でのできごとです。
車を持っているのが自分だけだったので、自分が運転していました。
またカリフォルニアは通常年間で30日ほどしか雨が降らない気候の良さで有名なのですが、なぜか僕が行ってから毎週末雨が続き(現地の人は奇跡だと言っていましたが)、その日も残念ながら雨模様でした。
そんな気候帯なので向こうの道路は晴れが続く前提で作られており、
雨の運転は視界不良かつ道が暗いため非常に危険なのです。
そして、やってしまいました。
誤って歩道に乗り上げてしまい、
「プシュ〜〜」という音とともにタイヤがパンクしてしまったのです。
急いでレンタカー会社に電話しました。
僕「すみませんタイヤがパンクしたんですが、どうすればいいですか」
社員「今どちらにいらっしゃいます?」
僕「えぇと、、(地図アプリを開いて)コンプトンという場所です」
社員「コ、コンプトンですか!!?」
僕「え?はい、そうです。」
社員「…」
社員「お乗りの車はトランクに予備のタイヤが入っているので付け替えれば一旦走れますので、また明日営業所に来てください」
あとで知ったのですが、コンプトンという場所は全米で3本の指に入る危険なエリアだったのです。
「赤信号で車を止める時は、隣の車と肩の位置を並べて止まっちゃダメ。もし隣の車に乗っているヤツと目があってしまったら、アジア人だからって理由だけで襲われる可能性あるから」
とか
「危険すぎてGoogleのグーグルマップを撮影する車がこのエリアに入れなかった。だから最近まで市の中央にあるタワーからの写真しか表示されてなかった」
なんて逸話を教えてもらいました。
コワ〜〜
もっとも最近はクリーンになって、状況がだいぶ改善されていたようなのですが。
普段生活していたトーランス市は治安がいいことで有名なのに、
2つほど離れた市になるだけでこんなに治安が変わるなんてカルチャーショックでした。
その時は何事もなくて良かったけれど、
日本の感覚が世界の常識ではないんだと思い知らされたよ
#エピソード4 アイスクリーム屋の粗相
そんな感じで日本の常識を揺さぶられる刺激的な毎日が続きました。
今度のエピソードはスケールダウンします。
アイスクリーム屋でのちょっとした、でも衝撃的だった出来事を紹介します。
遊びに出かけた途中でCold Stone Ice Creamに立ち寄った時の話です。
日本の店舗と同じくガラスケースの中にずらりと20種類くらい並んだアイスの中から、2種類を選んで注文します。
僕が選んだ一種類のアイスが少し奥にあったので、アイスをカップに入れた終わった店員さんは奥の方からガラスケースの上を滑らせてカップをこちらに流してきました。
しかし、
カップを押す力が少し強すぎたのか、カップが僕のもとに届く手前でパタンと倒れてしまったのです。アイスがガラスケースの上でベチャっとなっていました。
その時の店員さんの対応がなんと、
「Oops」とだけ聞こえないくらいの声で呟いて、
何事もなかったかのようにカップを元どおり立ててこちらに渡してきたのです。
これには静かに衝撃を受けました。
日本だったら絶対に作り直しするのに。。
でも同時に「そっか、これでいいのかもな」とも思えた。
僕は潔癖症でないので、アイスがガラスの上に付いたくらいでそんなに気にしないタチでした。なので、このいい加減なサービスでも僕にとっては十分だった。
そして
「日本ってサービスのレベルが高いんだなぁ」
としみじみ感じました。
また、サービスの質が高いことはもちろん良いことなんだけれど、
裏を返せば働く側の人を締めている面もあるよな、とも感じました。
日本だと店側も客側も双方とも高いサービスレベルを常識として持っている。
だから従業員は何も疑わずに(世界的に見れば)高いレベルのサービスを基準に働く。
日本人が「働きすぎ」とか「生産性が低い」とか言われる理由がここにあるような気がした。
例えば海外の人と同じタスクをしていても、日本の方が負担が大きいのではないかと。
でもそれが常識として刷り込まれているから、無理して高いレベルに合わせて働く。
それが行きすぎた結果として、過労死があるのではないかと。
サービスレベルを下げるべきだとは思いません。それが日本の良さであり強みだから。
でも、もしそれが原因で苦しい思いをしている人がいるのであれば、
「今やっている仕事、本当はもうちょっとハードルを下げてやることもできるんだよ」
と、今の仕事のレベルが絶対じゃないという考え方を持てれば楽になる場合もあると思う。
職場だったり、あるいは上司だったりを変えるだけで生き生きと仕事ができたり。
広い視野を持てれば、気持ちが楽になることは絶対にある。
広い視野を持つことで、より自分らしい生き方が見つかるチャンスが増えると僕は信じています。
今の自分の状況が絶対だとは思わないで!
#エピソード5 開放的なビーチ
ロサンゼルスの観光地というとハリウッドやビバリーヒルズが有名ですが、
一番はやはり海岸沿いに広がるビーチなんです。
ビーチではみなサングラスを掛けています。
それはカッコつけたいからではなくて、赤道に近いこともあり日差しがとても強いため目が痛くなるという現実的な理由からです。
実際に僕も日中にサングラスなしで歩いていたら、目が痛くなって空を見れなくなりました。目の色素の薄い外国の方はもっとツラいことでしょう。
開放的で美しい地平線を見ていると、悩みとかすべて飛んでいくかのようです。
言葉で伝えるのが難しいのですが、一言でいえば「最高」でした。
ここで、現地の雰囲気がよく伝わる一曲を紹介します。
・圧倒的な大地の広さ
・一年を通して温暖でいつも晴れている
・人がみな陽気でフレンドリー(すれ違いに話しかけられたりします)
・自分と人種も考え方も違う人が周りにいる事が当たり前だから生まれるオープンマインド
こうした環境の違いが日本との一番大きな差だと感じました。
カリフォルニアに1年間住んだら根暗な人でも明るい性格に変わる、真剣にそう思います。
環境を変えれば、人はいくらでも変わることができる。
この旅がそれを気づかせてくれたから、僕はその年のうちにやはり転職を決断しました。
人付き合いにコンプレックスがあったので、人間関係が良好な会社を選んで転職活動し、
今はストレスなく仕事できています。
人生も前向きに捉えられるようになり、自分に自信もつきました。
海外にいくと「気づく」ことがたくさんあります。
特にアメリカ西海岸は同じ先進国ながら日本と文化が大きく違うので面白かった。
もし海外に行くのであれば、思い切り文化の違う国にいくと特別な経験ができると思います。
おわりに
本当はまだまだ紹介したい話があったのですが、5つに絞り紹介しました。
当時はまだ人見知りを抱えていたので、
もっと積極的に人とコミュニケーション取れていたら、
より素敵な経験が出来ただろうなと思い、唯一の心残りではあります。
僕の好きな英語の言葉に
The difference between a visit and an experience is communication.
というのがあります。
「旅行か経験かをわけるものは、そこにコミュニケーションがあるかどうか」
ガイドブックに沿って観光地を回るのももちろん良いのですが、
現地で人とコミュニケーションをとることでかけがえのない経験に変わります。
海外に興味があれば、英語を勉強することが絶対にプラスになります。
「今のままでいいや」と思って変わらない毎日を送れば、未来はその通りになっていきます。
しかし一方踏み出して新しいことを経験すれば、その貴重な体験はあなたの財産になります。
やはり色々なことを経験してきた人の方が魅力的で、人が集まりますよね。
それが人生の豊かさです。
ここに書いたのはあくまで僕のストーリー。
その人にはその人だけの旅が生まれます。
ぜひ興味があれば英語を勉強して、思い切って海外に出てみるのもどうでしょうか?
それでは、みなさんの人生が前向きになることを祈って!
See you next time!
当時20代半ばだった僕は圧倒的に後者でした。
自分に価値を感じられなかったし、仕事もなあなあで続けているって感じ。
「こんな感じで人生ずっと続いていくのかな。変えられたらいいのに…」
なんてずっと思っていました。